1920年から時が止まったお店

今日は、バンクーバーのチャイナタウンの端っこ、いわば大昔は、リトル・イタリーだった場所にあるTosi&Companyのお話。Tosi&Companyは、1906年にピーター・トシさんによってオープンした。今の店主のお父様だ。ピーターさんは、地元でも有名な腕利きビジネスマンであった。働き者で親切で、当時は、イタリアから輸入する全ての食品、特にチーズの販売権を独占していたほどTosi&Companyは、地元でも一目置かれる卸売業者だったようだ。ピーターさんの奥様は、トリプル・エプロンでお店を切り盛りしていたと、当時を知るご長寿たちは、思い出話に浸る。一枚目のエプロンのポケットは、小銭用。その下に付けた2枚目のエプロンのポケットには、5、10、30ドル札。そして、一番下の3枚目のエプロンのポケットには、額の高いお札用。なかなかの防犯アイデアである。

開業して115年経った今もTosi&Companyは、細々とお店を続けている。二代目の店主であるアンジェロさんは、国宝級の店主。私にしてみると彼は、生きた博物館展示物。『バンクーバーの隠れ観光地』と言っても過言ではないほど非常に貴重な存在なのだ。アンジェロさんについて何も知らなかった私は、いつもどおり勝手な想像をしていた。例えは、悪党の地上げ屋が来たら、カウンターの下からM134 Minigun(マシンガン)が出てきて、1分も経たないうちに地上げ屋がハチの巣に仕上がるとか、数少ない客のほとんどは、何かの取引をしているとか、8セントのコルク3個とトマト缶1個とオレガノパウダーを10袋買ったら、何かの暗号になるとか・・・・。そのくらいミステリアスなのだ。

Tosi&Companyは、誰もが自由に入店できる店ではない。鍵がいつもかかっているのだ。店に入りたい時は、先ずドアのガラス越しにアンジェロさんがいるか確認をする。そして、「来たよ~」と、それなりの合図をして、アンジェロさんにドアの鍵を開けてもらう。面の気に入らない客には、鍵を開けないのだ。客を選ぶのは店主である。お客は、ドアを開けてくれてありがとうと言う気持ちで店に入る。

建物は、とにかくレトロ。悪く言えばボロボロ。たぶん震度4で無理なく崩壊するであろう。ジジイ(私の大家)の家もボロボロなので、アンジェロさんの店をボロと言うのは気が引けるのだが、Tosi&Companyは、とにかくボロい。暖房設備も無いのだ。薄暗い店の中は、1920年代から何一つ変わっていないのだと、イタリア系ご長寿たちは口をそろえて言う。

時代が止まってしまったTosi&Companyは、店主のアンジェロさんと共に年を重ねていく。だから、何一つ流行りの物などない。いい匂いもしない。気の利いた音楽も無い。死に向かってゆっくりゆっくりと歩み寄るような静寂感さえ感じるお店なのである。いい意味で落ち着くのだ。

アンジェロさんのライフワークのお店

アンジェロさんのお店が1920年のままなのは、理由がある。決してアンジェロさんにビジネスセンスが無いわけではない。アンジェロさんは、お父さんの『遺言』を頑なに守っているだけなのだ。Tosi&Companyを当時のありのまま残すことが、アンジェロさんに託されたライフ・ワークなのである。

そんな使命を貫く彼のもとには、デベロッパー(開発事業を行う会社)たちが、わんさかやって来る。NYからはるばるやって来た不動産屋さんには、門前払い攻撃を食らわせ、自分の土地で迷子になりヘリで救出されたバンクーバーのビリオネア―のオファーは、ガン無視した。何十億積まれようと、アンジェロさんは、ぶれないのだ。私だったら、10億言われたら、直ぐに寝返る。 そろそろ私のブログを読みなれている人は、気が付くはず。なぜ今日は、時の止まったお店の店主の話をするのかと?正直、Tosi&Companyの話にはオチは無い。実は、アンジェロさんは、『贅沢に無頓着な隠れビリオネア―』なのだ!と、話したところで、そんなのはオチはどうでもいいのだ。初代が、あれだけ頑張ったのだから、財産など沢山あって当たり前。私が伝えたいのは、彼の『生き様』なのだ。お金と引き換えることのできない価値を見つけた、ある意味、信仰とも言えるアンジェロさんのお店。それが素晴らしいのだ。時が経ってすたれていく姿も『侘(わび)寂(さび)』なのである。孤独と閑寂のなかに何か心温まる豊かなものが感じられる奥深い美しさは、アートである。