クリティカルシンキング(批判的思考)とスーパーサイズ・ミー
「スーパーサイズ・ミー」という自虐・人体実験的なドキュメンタリー映画をご存じ?2004年にモーガン・スパーロック監督が、30日間毎日マクドナルドのスーパー・サイズメニューだけを食べ続け、人体にどのような影響が出るかを論点にしたドキュメンタリーである。アカデミー賞のドキュメンタリー映画部門にもノミネートされるほど話題になった作品なのだ。
スパーロック監督は先週、癌の合併症で53歳の若さで他界した。人生100年時代と言われるが、私の周りで若くして癌で亡くなる人は少なくないのも事実。今日のトピックは、人間の寿命の話ではなく、「スーパーサイズ・ミー」とクリティカルシンキング(批判的思考)について書きます。
皆さんもご存じのマクドナルド。120ヵ国に店舗を展開している私たちの『食の必要悪』。たまに食べるフレンチフライが美味しかったりする(笑)。あえて言うまでもなく、マクドナルドのカロリー、糖分、塩分はヘビー級。誰もが、これは毎日食べる食事ではないと思うはず。でも、マクドナルドは忙しい時やストレスがたまった時、ハイウェイから降りてすぐにある店として、あるいは友達の子供たちが一致して「マクドナルドだったら行ってもいいよ~」と言ってくれる時など、時々その必要悪っぷりを発揮してくれる。
スパーロック監督が挑んだ人体実験は、ただ単にマクドナルドを30日間食べ続けた自分の体に起こる健康状態を測るという『原因→結果(因果関係)』型のエンターテイメントである。しかし、彼の考えるマクドナルド製品→肥満という単純すぎる因果関係の法則が後に批判される。先ずは、スパーロック監督の30日後の結果を以下の通りまとめる:
- 体重が、11kg増加した
- 体脂肪率が、18%増加した
- 躁鬱発症
- 脂肪肝(=コレステロールが原因)
- 性欲減退
注意:上記はモーガン・スパーロック監督に起きた結果であり、他の人体に起こりうる結果ではない。
想定内の結果である。(ちなみに2003年に起きた、マクドナルド社を相手取り、原告達が太った理由はマクドナルド商品であるという請求は、ニューヨーク・マンハッタン地裁が棄却している)
先に言った「想定内の結果である」という部分に疑問を投げかけるのが、クリティカルシンキング(批判的思考)である。ウィキペディアの定義によると、批判的思考またはクリティカル・シンキング(英: critical thinking)とは、「物事や情報を無批判に受け入れるのではなく、多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解すること」とされる。大切なのは、後者の定義である。ただ厳しく考えるのではなく、『多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解』が重要なのだ。もちろん、『多様な角度』とは、マクドナルド社やマクドナルドファンの気持ちも考慮しなければならない。そして、最も大きなチャレンジは、スパーロック監督が一旗揚げるために打った自己奉仕バイアス(英:Self-serving bias)を見抜くことである。ちなみに、ウィキペディアの定義では、自己奉仕バイアスを「成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不能な状況的要因に帰属させること。自己奉仕バイアスは、成功は自分の手柄とするのに失敗の責任を取らない人間の一般的傾向を表している。それはまた、曖昧な情報を都合の良いように解釈しようとする傾向として現れるとも言える」と定義している。要は、自分の都合の良いように丸め込んでしまうやり方である。私の父の必殺技と同じである。
スパーロック監督の自己奉仕バイアスは、まず、『誰がマクドナルドを1日3食30日食べるの?』という、幼稚園児にも簡単に疑える疑問定義である。通常の人間は、マクドナルド1日3食30日間の量を食べるのに累計5年以上かかると言われている。よって、そんな無理やりで実例の可能性もない実験をしたところで意味がない。次に、スパーロック監督は、故意的に実験の30日間はエクササイズをしていない。体を動かさなければ、気分は鬱屈するし性欲も減退するかもしれない。よって、マクドナルドと躁鬱・性欲減退の因果関係は立証されない。そして、渾身の一撃は、スウェーデンにあるリンショーピング大学 (スウェーデン語: Linköpings Universitet)による実験の再現である(英:replication crisis 【なぜクライシス(危機)と表現されるのかと言うと、実験結果を再現すると、大体は同じ結果が出ないのだ】)。リンショーピング大学で実施した実験では、7人の健康な大学生に30日ファースト・フードを食べさせ、エクササイズを禁止した。結果は、多少の体重増加と体力が衰えることは記録されたが、脂肪肝発症や躁鬱の症状は見られず、コレステロール値の変化も立証されなかったのだ。
スパーロック監督への逆風はここで止まらない。ドキュメンタリーのリリース後は、スパーロック監督の健康診断結果(脂肪肝)は、日々の酒豪ぶりが原因だと暴露され、挙句の果てには、スパーロック監督の学生時代に起きた性的違法行為までニュースに登場した。#MeToo(私も)運動の刻印も押されてしまったのだ。
2017年にSNSでリリースしたスパーロック監督自身の告白では、自身の児童虐待の被害の経験から、無自覚のセクシャルハラスメント、数々の不貞行為、そして、学生自体に犯した性加害をつづった。正直に生きる道を選んだ中年に課せられた十字架の重さは、想像以上に重く、Super Size Me 2: Holy Chicken!の配給会社も見つからず、挙句の果てには、自分の制作会社から蹴り出される始末である。表現者として、SNS告白後の一皮むけたスパーロック監督の覚悟は立派であった。ちなみに、Super Size Me 2: Holy Chicken!は、大企業がいかに消費者をうまく騙しているかをスクープする満足のいく作品である。ただし、普通過ぎてエンターテインメント性に欠けてしまった
様々な意見が飛び交うSNSだからこそ、『多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解』するクリティカルシンキング(批判的思考)能力を身に着けていく努力は大切である。流されない自分を形成する努力の他に賢い消費者にならなければ、騙され続ける人生を送るかもしれない。