ジジイと呼ばれる大家㉕レモン・チキンご長寿
ジジイの顔は、とにかく広い。アポカリプス(世界の終わり)が来ることを信じて、自給自足農場を作ってしまった億万長者、私が大好きな高級イタリア靴ブランドの社長、元スパイ(噂によると奥様が暗殺されたらしい)。。。その中でも私が一番気に入っているジジイ仲間は、『レモン・チキン』ご長寿。北アメリカの中華料理店の定番メニューとかけたニックネームである。なぜ、このご長寿を『レモン・チキン』と呼ぶのか?理由は、いたって単純。バルコニーに立派なレモンの木と、庭で鶏を飼っているのだ。カナダの寒い気候であれだけ立派なレモンの木を栽培する『レモン・チキン』の腕は、師匠と呼べるくらい素晴らしいのである。
レモンだけではない、オリーブ、キウイ、桃、ブドウ、ナシ、栗などが庭に所狭しと、野菜と果樹が植えられてる。『レモン・チキン』の手にかかれば、何でも立派に美味しく育つのだと、ジジイは、言う。ただ、この『レモン・チキン』ご長寿、話が長いのだ。『レモン・チキン』にブドウの剪定を習いに行った時は、6時間かかった。この6時間のうちに、今まで食したことのない栗料理や、Peperoni sotto vinaccia (グレープのポマースにつけた塩っ辛いパプリカ【赤ピーマン】の漬物)が、生みたての卵の目玉焼きと一緒に出された時は、感激だった。
何だこれは?!というものが目の前に出されることも少なくなった殺風景な21世紀、知らないものが出てくると心拍数が上がるものだ。全てが無菌状態で殺菌もされている食事ばかりが店先に並ぶ中、すさまじい劣悪な衛生状況下で作られたこの自家製漬物は、貴重である。きっと、ブドウの搾りかすのポリフェノールが抗酸化物質として働き、目の前の赤ピーマンの漬物を『健康食品』に変身させているのだ。恐る恐るピーマンの漬物を食した。美味しいっ!

『レモン・チキン』ご長寿曰く、「漬物はピーマンが青いうちにつけるんだけどね、漬けあがると赤くなるんだよ。そのほうが、漬物がシャキシャキとして美味しいんだ」
イタリア人も樽に漬物を漬けるんだー。感心。そんなこんなで、ご長寿に剪定方法の伝授のお礼をして、その日は、自宅に帰宅。
ある日、ジジイがオンボロトラックの荷台にオリーブの木を積んで帰宅した。
「ジジイ、オリーブの木植えるの?だったら、早くグリーンハウスを完成させなくちゃね」とジジイにハッパをかけた。ジジイのグリーンハウスプロジェクトが始まって、数ヵ月、いつもの中途半端な仕上がりで、グリーンハウスとして機能を果たしていない。
ちょっと、寂し気なジジイの顔に、「どうした?またぼったくられたか?いくら払ったのこのオリーブの木に?」と聞くと、ジジイは、「『レモン・チキン』が、逝ってしまったので、形見にこれ、もらってきた」と言った。
寂しげにトラックの荷台からオリーブの木を下すジジイ。年を取るって、お友達にさようならをする回数も増えていくってことだよね。とても寂しいことだけど、誰でもいつかはお別れをする日が来るのだから、ジジイには、後悔しない人生を生きてほしいと思った。
ん、ちょっと待てよ。La malerba non muore mai(雑草は決して死なない)というイタリアのことわざは、まさしくジジイの生き様。そうだ、湿気っぽい気分になることなど無い。ジジイは、当分の間、大丈夫だ。